幸せを、あなたにさずけます❣️

例え小さな光であれ、心に光が有れば、闇は消える。

3. 万人の成仏。宇宙と生命を貫く❣️【仏界の涌現】 「万人を成仏させる ための御本尊」【教学】


学ぶ事で、
簡単に幸せになる。
不公平な世の中に、
さよなら。
悪い人達は、
こんな良い話を、
隠して来ました。


【仏界の涌現】
「万人を成仏させるための御本尊」


信心すれば、自分のなかにある、本来素晴らしい生命(仏の生命)を引き出すのが信心の目的であり、そのために御本尊がある、ということを先に習いました。


私たちが、自分自身の胸中にある「仏の生命」を涌現していくために、日蓮大聖人は南無妙法蓮華経の御本尊を御図顕されたのです。【仏の生命(仏界)涌現(=涌き現すこと)】


御図顕とは、現実に目に見える形で書き表したということです。



順番に説明しましょう。



まず、妙法とは、私たちの生命の根源の真理であり、また宇宙にある万物を貫く真理とも言えます。



いわば、宇宙と生命を貫く根源的法則です。



しかし、根源的真理であるといくら言っても、現実にその真理の力を、自分自身の生命に顕さなければ何にもなりません。



大聖人御自身が、根源の妙法を体得し、「仏の生命」を成就されたのです。



そして、万人の成仏のために、御自身の「仏の生命」を南無妙法蓮華経として顕されたのです。



それが御本尊です。



大聖人は御本尊について
日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ。日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」



御本尊とは、御本仏・日蓮大聖人の魂、つまり仏の生命そのものを顕した、明鏡と言えるのです。



大聖人の御生命とは、どんな生命を言うのでしょう。



一口で語ることは難しいのですが、一つの次元から言えば、生涯、民衆の幸福を願い続け、どんな迫害にも屈することなく、人間としての勝利者の姿を示された御生命とも言えるのではないでしょうか。



日蓮大聖人は、正しい仏法を弘めたために、横暴な権力によって、無実の罪で頸を斬られそうになったことがあります。その寸前、大聖人は、弟子に対して「これほどの喜びを笑いなさい」とさえも言われたのです。



そして、処刑の危機を乗り越えられた大聖人は、流罪地でも、絶望どころか、「日本で一番豊かな者である」と言われました。



心は一番豊かである、との思いで、御自身のことよりも全人類の救済を考えられたのです。



その心境はどんな悩みや迷いをも突き抜け、いかなる状況であれ、自分自身の信念に生き抜くのだ、という希望にあふれていたことでしょう。



その生命を大聖人御自身が書き表したのが、御本尊です。



御本尊によって、人々の「生き抜く力」を引き出していこう、とされたのです。



私たちは、御本尊に妙法を唱えることで、大聖人が顕されたのと同じ生命力を、自分の中から引き出していくことができるのです。



自分自身が、そのまま日蓮大聖人と顕れるという言葉もあります。



知り合いに、御本尊が今手元に無い、これでどうやって祈ることが出来るかと。



先にも話しましたが、御本尊は「仏の生命」を顕されたものです。



自身の「仏の生命」に呼びかけるように、お題目を唱えるのです。



声が出せない、状況の時は、心からお題目を送り続けるのです。



大聖人は、御本尊とは自身の「胸中の肉団」にあると仰せです。



自分のなかから「仏の生命」を引き出すのです。



「仏の生命」は誰もが本来、具えているのです。



御本尊は平等です。



どんな人も差別することはありません。



ただし、この御本尊の力を引き出すためには一つだけ条件があります。



「信心」です、信じる心です。
暗がりの部屋を想像してみてください。当然、何も見えないはずです。
電灯のスイッチを入れて、明るくしなければ、部屋のなかも、自分自身も見えません。この例えで言えば、電灯がいわば「御本尊」です。電灯に流れる電流が「信心」です。



どこまでも、仏界を涌現するための御本尊です。そのために、私たちの「信心」が不可欠だということです。



【仏界の涌現】
「万人を成仏させるためのご本尊」